驚いた。でもそれ以上に嬉しかった。もうあと30分もすれば出撃となるこの最も慌しいときに、偶然すれ違ったアレルヤから言われた言葉。
「あ、誕生日おめでとうございます、ロックオン」
「知ってたのか」
心底驚きながらつぶやく。今日が誕生日であると、誰かに言ったことなどないはずだ。
しかし、それを知った方法はなんであれ、たとえ年をとることを嫌がる人がいたとしても、祝われることを喜ばない人はいない。おめでとうと微笑むアレルヤに驚きを表す言葉を返したロックオンは、その後ありがとうと笑った。人種も出身国もばらばらな自分たちは出会ってもう数年になるが、今まで誕生日を祝いあうとか、そういったことをしたことはなかったように思う。さまざまなミッションを共に戦い抜いてきたことで、多少は団結力が上がったのかもしれない。いや、実際上がってないと困るのだが。少人数で全世界を敵に回す以上、大切なのはチームワークなのだ。
アレルヤが他のマイスターより友好的なコミュニケーションができるとはいえ、この出来事はその点においてもひそかにロックオンを喜ばせた。
「なんか、やる気出てきた。いつも以上の働きができそうだぜ」
「それはよかった。今回のミッションも確実に遂行しましょうね」
軽く会釈しながら軽く地を蹴るアレルヤ。そんな彼に、おうと返してロックオンも地を蹴った。
今回のミッションは宇宙で遂行された。介入相手はAEU。宇宙空間でのモビルスーツを用いた演習が行われていたのだ。AEUの軍とはいっても小ぶりな基地での演習のため、駆り出されたのはロックオンとアレルヤの二人だけだった。
そして今、ミッションを完遂して無事にプトレマイオスに戻ってきたロックオンは、食堂へと足を進めていた。朝からミッションが入っていたため、朝食は部屋で軽くすませていたが、終わって安心したのかお腹が空腹を訴えてきていた。ハロを抱えて廊下をただよいながら、何食おうかなぁとメニューを頭に浮かべる。疲労を抱えた身体は糖分も欲していた。何か甘いものがあればいいのだが。
そんなことを取り留めなく考えながら、食堂のオート扉の開閉スイッチを押す。
「あぁ、ロックオン」
プシッと少々気の抜けるような音が響いて扉が開いた。見ればすぐ目の前にアレルヤがいて軽く驚く。
ちなみに彼はいつもの服装の上に、パイロットスーツ(またはキュリオスのイメージカラー)と同じオレンジ色のエプロンを着ていた。左胸と右裾あたりに大きな黄色の花――たぶんヒマワリだ――が描かれている、派手とは言わないがかわいいタイプのものだ。彼の多少筋肉質ともいえる肉体との対比を、無意識に頭に思い浮かべて違和感を感じたが口にはしない。似合わないとは言わないが。
先に食堂についていたアレルヤが、食事を共にしようと考えて自分を待っていたのだろうか。それ以外には全く思いつかないが、しかし、彼の表情からして自分を待っていたのは確実だった。
「どうし…」
「こっちに来て下さい」
問いかける言葉に、被せるように言われたアレルヤの言葉。は、とか疑問の声を漏らす暇も無く、多少強引に腕を引っ張られる。強引だったが、彼の表情に焦りとかそういったものは見えなかった。急かす理由がわからない。というより、まず待っていた理由がわからないのだが。混乱して目を白黒させていたロックオンの前に現れたのは、一つの鍋だった。
「ここに座って待ってて」
「来たのかロックオン」
声を聞いて鍋の向こう側を見ると刹那だった。彼もアレルヤと同じようにエプロンをつけている。彼の場合は、夏の澄んだ青空の色で、アレルヤと同じ場所に水滴の模様が入っていた。アレルヤのエプロンを見たときにも思ったのだが、どことなく女の子が好むデザインに見えるのはなぜだろう。少しかわいい系統なのだ。
ロックオンの困惑を知ってか知らずか、アレルヤは苦笑して席を離れた。すぐ後に、後ろで「ティエリア、ロックオンが来たよ」と言っているのが聞こえた。
何がなんだかわからない。
が、一人で困惑していても埒があかない。
「刹那、これは一体」
「秘密だ」
たずねたら一刀両断された。彼はそのまま鍋のふたを開けて、しゃもじ――と聞いたことがある――らしきものでかき回す。
同時に広がるチーズの香り。お腹が鳴りそうだ。
冷たい返答にちょっと気まずくなって周囲を見渡したとき、後ろから足音がした。その足音の主、手に皿を持ったアレルヤが口を開く。
「刹那、これどこに置けばいい?」
「机の上に、適当に置いてくれ」
「了解」
一人だけ話に入れず、ロックオンは少々悲しくなった。なんではぶられてるんだろう、俺。しかも、アレルヤが持って来たものも不可思議だった。ブロッコリー、ウィンナー、にんじん、パン、とうもろこしにレタス、キャベツ、豚肉、などなど。鍋からはチーズの香りがするから、チーズ鍋…?いや、そんなもの聞いたことがない。
再び後ろから足音。会話の流れからして、今度はティエリアだろうか。
案の定その通りで、彼は一言も発さずもくもくと持って来たカップを並べている。中身は…、と覗き込んで驚いた。これは、もしかしたらアイリッシュコーヒー?懐かしさに思わず微笑む。
「お待たせしました、ロックオン。乾杯しましょう」
「え、何の?」
するりと隣の席に座ってアレルヤ。うろたえながら周りを見れば、すでにティエリアも刹那の隣に座っていた。さらりと髪を後ろに流しながらティエリアがいつもの口調で言う。薄紫の、他の二人と同様な場所に薔薇の刺繍が入ったエプロンをつけている。ほんの少し二人よりゴージャスさが増したようだ。一瞬意識をそっちにもっていかれながらも、無理やりティエリアに顔を向けた。
「あなたの誕生日なんでしょう? ロックオン・ストラトス」
「俺の、誕生日だけど確かに」
そこまで言われて気づかないわけが無い。
もしかしてこれは。もしかしなくとも誕生日パーティーを企画してくれたのだろうか。どくんと心臓が鳴った。
「実はケーキもあるんですよ。二人が作ってくれたんです」
「朝から気になってたんだけど、なんでお前ら俺の誕生日知ってるわけ?」
照れが生じて、まず言わないといけないことを先延ばしにしてしまった。いや、これも聞きたかったことなのだが。
あっさりとティエリアが口を開いた。
「ヴェーダを閲覧していて偶然見つけたんです」
「いや、それ俺の個人データじゃねぇか。見てもいいわけ?っつーか、見れるんかい」
「俺にならできます」ああそうですか。
まあ、誕生日ぐらいならいいかと思った。今なら何でも許せる気がする。思わず声を出して笑った。
横で、ふふ、とアレルヤも笑うのがわかった。
「メインディッシュはこれ?」
「これは、チーズフォンデュだ。前食べたいと言っていた」
「…よく覚えてたなあ、刹那」
「もちろんだ」
言われてみれば、確かに言った。故郷でよく食べていたのだ。ふと昔を思い出して口に出しただけだったのに、まさか覚えてくれていたとは。キャベツやレタスはまだいいとして、生の豚肉が食器に並べられていることに対して、疑問が浮かんだがどうでもよくなった。もしかしたら、珍しい食べ方として有名な「しゃぶしゃぶ」とかいうものだろうか。チーズでできるかは知らないけれど。
「あとこれはスメラギさん達からです」
そう言って渡されたのは、きれいにたたまれた薄浅葱色のエプロンだった。開いてみると、やっぱり同じ位置に黄色い丸。いや、これはハロ…か?思わず苦笑が漏れる。やっぱりこの4枚でセットだったんだと思ったのと、女性陣が一枚かんでいたことへの納得からだ。彼女らの自分達に対する認識が、思わぬところから、ほんの少しだけど見えた気がした。
「やばい、嬉しい。まさかこんな風に祝ってもらえるとは思わなかった」
視線が集中しているのがわかる。
涙腺がゆるみそうだ。気分が高揚していた。
「ありがとう」
自分が思っているように、彼らも自分を仲間と思ってくれている。
自分の立場を理解しているけれど、
自分の罪を理解しているからこそ、
こんなときくらい喜びに身をゆだねたい。
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カップリング色はほとんどないですが、兄貴に幸せになってもらいたかった。
それに、噂を聞いてしまって…、4人で一緒にほのぼのしてもらいたかった。
そんな私の希望だけをつめたものです。
あと、4人の性格(とか話し方)が似非でも笑ってゆるしていただけたらと思います。
兄貴とアレルヤがミッションに行ってるときに準備してたという設定で。それがスメラギさんの計画かどうかはアイドンノー。
ついでに刹那の左胸にはエクシアのわっぺんを付けたかったけど、子ども扱いすぎたのでやめました。
あと、刹那からは大豆が送られます。「年の数食べればいいらしい」とか言って。
せっかく日本に住んでるんだから何か学んでこようよ!(ちょっとずれてるとなおよし)